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タイの恵まれない村に学校をつくる。その3
それから勉強会だった。

僕が新しく知ったことを箇条書きで書く。

・山岳民族に関して

山岳民族は、他人と交流をもつのを避けながら山奥で自給自足の生活を送っていたらしい。

焼畑をしながら移動生活を送っていたのだが、タイの国策によって定住生活を強いられているそうだ。

戸籍もないため、国籍さえ取得できていない人も多く、出稼ぎ等で街に出ても学歴や差別などに会い、最低賃金での労働を余儀なくされているらしい。

ほとんどの山岳民族は文字を持っていない。

山岳民族は、ラフ族、カレン族、ミエン族、アカ族など多種のグループがいるらしいが、中国の雲南省が由来のようだった。

僕の印象では、タイはバンコクを中心に栄えているが(それでももちろん日本よりは遅れてるが)、貧しい県も多く、チェンライ県もそのひとつだと感じだ。

チェンライ県は、タイの北の一番右端にある県で、となりはラオスと国境を接している。

山の中にはもちろん国境線があるわけではないので、山岳民族が入りやすかったのではないだろうか?

山岳民族は独自の文化を持ち、地球的に考えるとそれだけで価値があると思うのだが、自らは田舎者感を持っていて、民族服などを着て街に行くことはほとんどないらしい。

ま、都会に憧れるのは日本でも同じだと思うが‥



・ストリートチルドレンについて

説明によると、ストリートチルドレンは儲かるので、マフィアのような団体がストーリートチルドレンを、仕切っているということだった。

ストリートチルドレンにお金を与えると、さらにマフィアが子供達を集めて、ストリートルドレンが増えるので、ストリートチルドレンにお金を与えるのをやめて、ストリートチルドレンそのものをなくしたいということだった。

僕は貧しい子供がお金を得るために自らストリートチルドレンになってるのかと思ったけど、必ずしもそうじゃないようだった。

そうなってくると、全ストリートチルドレンの割合のうちの、何%がマフィアで何%が自発的で‥ってのを知りたかったが、それはとてもわかりそうじゃなかった。

でも、哀れに見せかけるように足を切断したり、悲しいセリフを覚えさせたり、暴力を振るわれたり、もっと悲しいケースは、お金が稼げなくなると殺されたりしているということだった。

足を切られた子は、暴力を振るわれた子は、年をとってきたからという理由で殺された子は、何のために生まれてきたんだろう。


・財団に関して

今回お邪魔させてもらったところは、山岳民族の生活向上や、ストリートチルドレン等で行方不明になってる子供を捜索したりするために、タイ人の人たちが作った財団だった。

タイ国内だけにある財団で、日本人も数名参加しているようだった。

僕がバスで色々教えてもらった方もその一人だ。

そこで働いているみんなは、ボランティアマインドだ。

みんな善意でがんばっている。


今回の旅行に参加した人は、みんなボランティアに興味がある人で、全員が一人ずつの参加だった(友達と来ていた人は一人もいなかった)。

大学生の女の子が一番多く、今年高校を卒業した子(つまり炎集団と同学年の子と同い年)までいた。



今日、財団で寝たら、明日は施設建設のボランティア活動だ。




おまけ‥

トイレの話。


僕らが寝たところのトイレは全部で4つあって、男女共用だった。

薄暗いトイレもあってやや不気味感があった。

トイレには色々な虫がいた。

カメムシ、ナナフシ、蚊、ヤモリ(虫じゃないけどね)‥

トイレの横には瓶(かめ)が置いてあり、それはトイレの水洗に使ったり、水浴びしたりする用だった。

もちろん飲める雰囲気のきれいさではなかった。

川の水っぽい雰囲気だった。

旅行中、一度も風呂には入れず、このレベルの行水だけだった。

いくらタイとはいえ、室内での水浴びは寒くて、最初のひとかけは息が止まった。



つづく。
| 炎みかみちゃん | タイの恵まれない村に学校をつくる。 | comments(0) | - |
タイの恵まれない村に学校をつくる。その2
バスの中にはテレビがあった。

それはいい。

それはいいのだが、あまりにも大音量だった。

このバスの中の人でこれだけの音量を流す必要があるのか、と問いたくなるほど大音量で何やら映画を流していた。

テレビの画面は18インチくらいだろうか?

飛行機の機内のような感じで、前面に設置されていた。

僕は最前列の危険シートに座っていたので、頭上サウンドに慣れるに少し時間がかかった。

よかったことは、現地スタッフの人と一緒に座れたことだ。

ここで色々な質問をすることができた。

・タイでは王様が絶大な人気を持っているということ。
・小学校のこと、中学校のこと。
・民族のこと。
・貧困について
・財団について

また、睡眠とトイレが不安で仕方なかった。

それに関する情報も少しでも欲しかったが、聞きたい質問はすべてした。

ここまで来たら、やるしかない。

あとは、「帰りたくなったらヘリコプターを呼ぼう。」と勝手に決めて、12時くらいだったろうか、眠りについた。

夜行バス自体は新しくはなかったのだが、ピンクのケバさがよかったのとシートのリクライニングが大きかったので、とりあえず眠ることができた。

1時間寝ては5分くらい目が覚めるというような不完全な眠りだった。

それでも、移動が苦手な僕には十分だった。

車内で配られたものが、ウエットティッシュ、ヨーグルトドリンク、オレンジジュース、お茶、パンの詰め合わせ、水と、機内並みのサービスに驚いた。

朝は寒かった。

7時過ぎだったと思う。

無事、チェンライ県に着いた。

旅行の準備が前日の夜からしかできなかったので、タイに関する勉強が完全に不足していた。

11時間という走行距離は、日本に置き換えて考えると東京−大阪間よりは長いことはわかったのだが、まさかタイの最北まで行くとは思っていなかった。

「もう隣はラオスです。」とか言われてちょっとびっくりした。

チェンライまで行く飛行機はバンコクからも出ているらしく、じゃあ、飛行機で来れば一発だったんじゃないか?とか思いながら、旅行費用のことなんかもあったのかな?と勝手に推測してみた。

それから朝食をみんなで食べた。

朝食は、やはりご飯に野菜とか肉とかをかけたようなやつだった。

水も一緒に出てきた。

「大丈夫かな?」とか思いつつも、全部飲んで全部食べた。
(行程中の料理は全部食べた。)

その日の日中はチェンライ県の中の観光だった。

とにかく、寝る場所とトイレが心配だった。

僕のことを知ってる人はわかると思うが、僕は睡眠にはものすごく気を使っている。

これがぶっ壊れると、イライラしたり体調を乱したり上手くいかないのだ。

今日寝る予定の財団の施設が見たくて仕方なかった。

「寝る場所はバンガローみたいな感じです。」と教えてもらっていたのだが、そのバンガローに早く行きたい。

そしてその日の夕方。

トラックバスに乗り換え、山の中にどんどん入って行き、財団に到着した。

もちろん携帯は使えない。

財団‥ビルのような形か、公民館みたいなのを想像したいたのだが思ってたのと違っていた。

日本の小学校くらいの面積(運動場とかをあわせた)の中に、手作りっぽい家が10個くらいあった。

そのうちの一つが僕らが寝るバンガローで、入り口はこんな感じだった。

寝たところ

中はこうなっている。

携帯でとったのでわかりにくくてごめん。

寝たところの中

二階建てで、一階に男が寝て、二階に女が寝るらしい。

奥にチラッと見えるのがトイレだ。

‥まくらが干してあったので撮ってみた。

まくら干し

トイレはこんな感じだった。

見えるだろうか?

image007.jpg

白い便器が設置してある。

水は手動式で、前においてある瓶(かめ)から水を洗面器ですくい、それをかけて流す。

同様に、うん○をしたときは、その瓶の水を手でパシャパシャって尻にかけて洗う。
(ちょっとイヤだった)


少し休憩してから勉強会だ。

貧困や山岳民族、ストリートチルドレンに関しての勉強会だった。


新しくわかったことが色々あるので、次で紹介したい。
(画像をアップしながら書いているので時間がかかる)

| 炎みかみちゃん | タイの恵まれない村に学校をつくる。 | comments(0) | - |
タイの恵まれない村に学校をつくる。その1
(時間の記憶が正確ではないが、記憶を中心に主観的に書きたい。また、同行者の方、現地スタッフの方々のことはできるだけ書かないように努めた。)

3月18日、朝、福岡空港へ出発した。

ぶっちゃけ気分は乗らなかった。

僕は海外旅行は好きだが、今回は超田舎へ向けて出発だ。

大好きなジャングル探検でもないし、観光でもない。

「貧しい国に学校をつくる準備」のための準備なのだ。

出発ギリギリまで、「お金を損してもいいからやめたい。」と思っていたほどだ。

何か出発前に一つでもトラブルがあったらやめたと思う。

そのくらい気分は乗っていなかった。

でも、成功者はこれをしないといけない。

それは、僕が2000億円貯めて伝染病を撲滅するための、避けて通ることができない通過点なのだ。

僕は飛行機に乗って、タイへと飛んだ。

タイのバンコクに到着した。

6時間くらいだったと思う。

空港に到着したら、お約束の東南アジアの暑い空気が僕を待っていた。

時間は現地時間の15時半だった。

それから、全員揃うまで空港で待った。

約20人ほどのツアーだった。

ほとんどが大学生だった。

17時半、全員集合のあと、小さいバスに乗った。

image006.jpg

そして、みんなで今回の目的地チェンライ県に向かった。

1時間くらいだろうか、降りるように言われた。

バスセンターだった。

夕食だ。

その前にトイレっと‥

image005.jpg

「トイレは3バーツでーす。」とか言われ、あっ、そっかと思い出した。

そうだ。

外国は有料トイレだ。

ちなみに1バーツは3.5円だ。

円の方がわかりやすいので、これからは円に換算して書くことにする。

‥トイレは10円だった。

10円出すのはいいのだが、面倒なのだ。

1000円出すからトイレバッジでも発行して欲しい。

バッジある人はいど〜ぞ〜。みたいな感じで。

久々のタイのトイレは東南アジアの臭いだった。

小をしながらボーっとしたのだが、気分のダークさはまだ取れていなかった。

それから食事だ。

定番だ。

image002.jpg

あの焼き飯のような‥

本当は僕はその味は大好きだし、おいしかったのだが、何せ豊かな生活に慣れすぎて、夜通し走るバス。紙のないトイレ。土間で寝ることを想像するとブルーだった。

はー。

ため息が‥

そして食事をしてから出発だった。

さっきまでのバスとは全然違う高速バスがやってきた。

まあ、そうだよな。

あれで11時間はどう考えてもあんまりすぎる。

今度のバスは2階建てだった。

ピンクのケバケバしいバスがやってきた。

僕は週に2千キロも移動している。

言わば移動のプロだ。

2階建ての乗り物は1階に乗る。

これがプロの鉄則だ。

2階と1階では揺れが違う。

絶対に1階をゲットすべく、集団の一番前に並んだ。

「は〜い。みなさんは2階に乗ってくださ〜〜〜い。」

罠か?

罠か?これは。

僕は景色はどうでもいい。

少しでも疲労のダメージを減らしたいのである。

しかし、集団行動だ。

ルールを重んじなければいけない。

ならば‥と一番前に座った。

おお。

全面ビュー。

全面ガラス張りの見晴らし最高だった。

2階も悪くないな、と思いながらシートベルトを締めようとした。





金具が壊れていて、ベルトが止められない。

隣のイスに移ってみたが、違う場所が壊れている。

つまり、シートベルトはないってことだ。

このバス‥

もしも、スーパースターがここで絶命するようなことがあれば、伝染病はどうなる?

志半ばで異国の地で逝くわけにはいかない。

とにかく、前に座ることが危険だ。

これは席を下がらなくては‥と後ろを振り返ると全員がすでに座っていた。

そのバスで最も危ない席に乗って、僕はタイの最北へと旅立った。

20時くらいだったと思う。


つづく。
| 炎みかみちゃん | タイの恵まれない村に学校をつくる。 | comments(2) | - |
タイの恵まれない村に学校をつくる。前書き
最初に‥

みなさん、いろいろなところで応援くださり、ありがとうございました。

この場を借りてお礼を申し上げます。


さて、タイの報告記を一気に書いてみたいと思います。

できるだけ、僕の主観をいれて感じたことをそのままお伝えしたいと思います。

これがツアーに参加されていた他の方々や、現地法人の方々と必ずしも同じ思考ではないことを最初にお知らせさせていただきます。

僕なりに感じたことを書いて、自分の気持ちを正直に伝えたいです。

現地法人の皆さん、向こうで知り合えた皆さん。

不適切部分があったら、お知らせください。

その部分は削除します。


タイに行ったある一個人の感想として読んでください。

また、できるだけスラスラ読めるように、紀行の部分はタッチを軽く書いていこうと思います。

ご了承ください。


『タイの恵まれない村に学校をつくる。』まえがき

僕は塾を始めたときに、成功者達の本を多く読んだ。

先人が示してくれている成功思想を学びたかったからである。

彼らの本の多くには同じことが書いてあった。

「豊かになったら寄付をしなさい。」

である。


寄付と成功。

当時の僕には、その関係がよく理解できなかった。

もちろん今でも10%くらいしか理解できていない。

でも、成功するためには、自分一人の成功を願うのではだめで、みんなの幸せを膨らませながら自分が豊かにならないといけないってことは理解できていた。

「じゃあ、自分が幸せになりたいから、他人を幸せに努力をするのか?」

と、問われると答えがわからない。

そうかもしれない。と答える気がする。

それは、先人のレベルでしかわからないことであるが、偉大な先人が教えてくれてるのだ。

絶対に正しいはずだ。

僕は無条件でそれを実行することを最初から決めていた。

まだ、収入がほとんどない頃から分相応の善行を続けてきた。

本当はそれを他人に言わずに行うのが正しいらしいのだが、残念ながらまだ僕の徳はそこまで達していない。

僕が善行すると言う自慢をどうか聞いて欲しい。

そのことによって、経済的に不安定な人に少しでも貢献できればと今は思う。

また、学生のみんなに考える題材を提供したいと思い、記憶に残るうちにできるだけ一気に書こうと思う。

僕の2000億円貯金計画も第2期の最終年に入ってきた。

第3期は、善行の目を世界に向けたいと思っていたので、その準備として今回タイに行った。

元々は貧しい国に学校を作りたいと思っていたのだが、今回のメインの目的は出発前にも書いたが、それが正しいかどうかの検証。および、自分自身で学校をつくることが可能かどうか、また、世界貢献として何をするのがベストかってことを自分なりに見つけることだった。

さて、話を始めよう。
| 炎みかみちゃん | タイの恵まれない村に学校をつくる。 | comments(3) | - |